ある朝、セーラー服姿の女の子が・・・
地面にたおれていました。仮に、A子としておきます。
うっかり、くるまでひいちゃうところでした。
駐車場からグランドにぬける、小石の混じった土の通路です
すぐに車を止めて、お説教をしてやろうと思い、近づいていきました。
よくみるとA子のセーラー服は、土まみれ。
校門に向かって進もうとしていたのか、両手で土をつかんでいます。
彼女が動いたあとには、なめくじのように、すじがついていました。
彼女はなぜか、くつをはいていません。
生きているかどうか確かめるのに、ヒザをついて顔を近づけてみました。
白状しますが、ぼくは、ホラー映画が大嫌い。
そんなものを観た日には良く眠れ、ちゃうんですが、夢に出てきます。
だいたい、次の日の明け方3時頃に出てくるのが、そのどこかのシーンなんです。想像してみてください。ただひたすら変な気分。この世から、無くなれば良いと思っています。
『ジュラシックパーク』も、ちゃんと「ホラー映画」だと書いておいてくれないと困る。だれか恐竜が人を食べちゃうところを見たいの?予告なしでそんなシーンをだすなんて、映画の中のクズ。クズはゴミばこに入れよう!ホントの気持ち。
ところが・・・
その子の顔は、ホラー映画を超えていました。
大人が見てもダメな、クズ映画レベルでした。ぼくは、泣きそうになるのを必死にこらえたのです。
ずーっと上の方に、倒れた女の子のイラストがありますが、血まみれでボコボコだったことは、どうしても書けませんでした。
(思い出すとホントに夢にでてくるので)
迷探偵ぴのムズの推理
ぼくは鋭い直感で、その子が、ひどいぼうりょくをうけたのだと、確信しました。
きっと、鉄パイプでなぐられ、車で捨てられたに、ちがいない!
怒りがこみ上げ、アドレナリンからだ中を駆け抜けます。
人は、キズがあまりにも深いとき、いたみを感じなくなります。
ひどい傷を負うと、交感神経が興奮してアドレナリンが分泌され、ほとんど痛みがなくなる・・・人は、そんなふうに進化したのです。
ぼくも、20歳のときに重症を負い、右腕以外の腕と脚がぜんぶ折れたことがあります。
それにしても、ぼうりょくのうけかたが、はんぱじゃない。
鉄パイプを持った何人かに、やられたにちがいない、そんなひどさでした。
そう言って、元気づけました。
脱線(だっせん)
こういうとき、まわりに人がいると、めんどくさくなります。
いい歳をしたお母さんに、こんなことを言われたことがあります。
あまりにもまともらしく聞こえるので、それに同調する人もいました。
あなたがたは、バカですか?
それを言ってどうしたいの?
おばあさんのことを「ババア」と呼んで傷つけるようなものです。
それは、「正しい」けれど「まちがい」です。
⇒「間違っているけど、正しいこと」を見てください。
痛そうなのは、見ればわかる。
だけどそのことを伝えたら、本人が痛みを思い出して、希望も失って、元気も失ってしまう。
見たことをそのまま伝えると、その人がキズつくとき、それは絶対に伝えてはダメです。なぜなら、地獄におちちゃうからです。
人を楽にする、楽しくさせるウソをついてもおなじ地獄行きだけど、ちょっとわけが違います。
⇒ 「みんなで地獄に行こう!」をみてください。
大事なのは、痛みを忘れさせ、希望を持たせ、元気づけてあげることなんだから。
土曜日の朝8時40分。そこに、A子以外に誰もいなかったのは、なによりでした。
脱線おわり
ぴのムズ退場
そうはいっても、どうやったら、こんなひどい目にあうのか?
ぼくは鉄パイプで殴られたことがないので、その痛みを想像できません。
5分くらいで、救急車(きゅうきゅうしゃ)がきました。
救急救命士(きゅうきゅうきゅうめいし)さんが、身体のようすをみています。
A子がくつをはいていないことに気づきました。
ようやく、名探偵での出番がきました。
・・・と、言おうとした瞬間、救命士さんは、なぜか、空を見上げました。
見上げたのは、空ではありませんでした。
そこには、重大な、ヒントが隠されていたのです。
空?に隠された、大事なヒントとは?
なんと、校舎の4階の窓が開いていたのでした。
なんと、A子は高さ10mもある4階の窓から飛び降りたのです。
ぼくの推理は、まったくハズレでした。
思い描いていたストーリーを、心の中でもみ消しました。
それにしても、キズのようすから、飛びおりに気づくとは、さすが救急救命士。
救急救命士なんていう長い名前も、だてではありません。
ぼくは、名探偵にはなれないとわかりました。
☆だて(伊達):おしゃれで、おとこっぽいこと。
自殺がダサい理由その1
もしもA子が死んでいたら、ぼくはこんな文章を書こうなんて、絶対に思わなかったでしょう。
そしてぼくは、数日間は、うなされたはずです。
死んだことに対してではなく、ニオイについて。
人がウンコやオシッコをガマンできるのは、生きているときです。
死んだら、ぜんぶ出ます。
死ぬときに、まさかウンコのことを考える人はいないと思います。
これは公式なので、覚えておいてください。
「自殺者」=「ウンコくさい」
トイレをすましておいても、ムダです。
こういう心理状態の人は、大腸の中が悪玉菌だらけ。きつい酪酸のニオイがします。
☆酪酸:とんでもないニオイのする物質。むかしシーシェパードというアメリカのテロ集団が、日本の捕鯨船に酪酸入りのびんを投げつけ、負傷者をだしたことでも有名。
死んで身体がゆるんだタイミングで、ぜんぶ出ます。
めちゃめちゃクサい。
かたづける人は、口には出さないけれど「このウンコヤローめ!」と怒るでしょう。
死んだあとに、ウンコのことで恨まれるなんて、ダサすぎる。
A子は偶然、土の柔らかいところに落ちました。
顔の形に、土が凹んでいます。
もう少しずれていたら、石にぶつかって、命はありませんでした。
声には出せなかったけれど、ぼくも救命士さんたちも、こう思ったはずです。
この子が生きているのは、奇跡です。
ぼくは偶然、奇跡にであったのでした。
身体中にみなぎっていたアドレナリンがスッとひいていきました。
自殺がダサい理由その2
A子は、ただ、楽になりたかった。
でも、この場所、この時間を選んだのには、ちゃんと理由があります。
A子が、なにを伝えようとしたかは、わかりません。
でも、なにが伝わるかは、ハッキリしています。
A子のエネルギーの99%は、A子のことが大好きだった人に伝わります。
それは、仲の良いともだち、おかあさん、おとうさん。
その人たちは、一生ずっと悲しみます。
大好きだった人たちだけが、一生、後悔します。
A子の命がけのエネルギーは、そのためだけに、使われます。
大嫌いだった人に、残りの1%が伝わるかどうかさえ、あやしい。
それは、A子の、望みどおりなのかな?
A子のことが大嫌いだった人は、A子がいなくなると心がすっきりします。
反省をしてほしいとか、A子が望んだとしても、伝わりません。
そういう人の心は、A子が死んだくらいでは、変わらない。
その人は、自分が悪かったことさえ知らないんです。
たとえ遺書にはっきりと名前を書いても、「それは誤解です」と言いわけをします。生きている人のほうが、強いです。
全力で「関係ない」ことを証明してしまうでしょう。
その人は、悪い人でしょうか?
それは、ここではいえません。
どうすれば良かったのでしょう。
ぼくは、5年生のときにこの方法をかんがえました。
その人にできるだけ、近づかないようにする。
その人を、見ないようにする。
その人の言うことを、聞かないようにする。
どうしても辛いなら、3日くらい、学校を休んでみる。
悪口を、1日に10回言われていたのなら、1日1回くらいに減ります。
学校を休むのがいやなら、その人とはできるだけ離れている。
そんな人のことを考えるのは、ムダなんです。
そんな人たちとうまくやっていこうなんて、エネルギーのムダです。
グレタちゃんに怒られます。
⇒「キライな人を、こてんぱんにやっつける方法」をみてください。
あとしまつ
教頭先生に連絡をすると、すぐに飛んできてくれました。
ぼくは、べつの不登校の子との約束があったので、病院には教頭先生に行ってもらいました。
4階の、その窓ぎわには、上靴がきっちり揃えてありました。
期待していた「遺書」は、そこにはありませんでした。
恐るおそる窓の下をながめると、10mも下の地面に、その子の身体の激突した跡がくっきりと残っていました。
あんな衝撃を受けたのに、生きているなんて、本当に運がいい。
上靴を持ったまま、生徒と約束をしていた3階の教室をのぞくと、もうB平は来ていました。
靴、おいてくるから、まっててな。
おまえは、飛び降りるな。
B平は、女の子が飛び降りる瞬間を、目撃してしまいました。しかし、すぐにぼくがやってきたので、約束していた3階の教室にたどりつき、窓からようすを見ていたのでした。
彼女が大丈夫そうだと聞いて、安心したようでした。
B平はその後、国立大学にすすんで大学院まで出た、やさしくて知恵のある子です。
A子が学んだこと
A子は高校2年生。
その日は、楽しみにしていたはずの、見学旅行への出発の日でした。
A子を除いた2年生全員が、その朝、無事に出発しています。
その事件については、ほかの生徒に知らされることもなく、4泊5日の旅行を楽しんで帰ってきました。
みなさんは、想像がつきますよね。
A子は、友だちとの間でトラブルがあり、見学旅行には行かないことにしていたのです。
ここで、半年ほど時間を進めます。
廊下で、3年生になったA子とすれ違いました。
彼女が当時のことを思い出すといけないので、ぼくは知らないフリを続けます。
A子は、元気そうです。
A子は、苦しみから、学んだようでした。
「苦しむ」というのは、「学ぶ」ことです。
A子は入院をきっかけに、たくさんの人の考えを学びました。
大ケガをして入院することが、彼女には、必要な経験だったと思いますか?
この答えは簡単なので、ハッキリ言っておきます。
ぜったいに、ちがいます。
彼女をなぐさめるだけなら、「たいせつな経験だったね」というでしょう。
だけどそれはやっぱり、ただのなぐさめです。
ぜんぜん痛くない方法、死ななくて良い方法が100通りだってあることは、彼女自身が、気づいています。
それは、A子が生きていたから、気づいたことでした。
ほんとうに100通りもあるかどうか、これから調べて行きましょう。
⇒「大嫌いな人を、こてんぱんにやっつける方法」につづきます。
⇒「逃げよう!!というのがカッコ悪くない理由」こっちにもつづきます。