虐待に、慣れてしまった、小春ちゃん
小春ちゃん(仮名)は、18歳。
妹の小夏、弟の秋夫の3人きょうだい。長女の小春ちゃんだけが、実のお父さんから身体的・精神的な虐待を受けていました。
本人は虐待を受けている自覚はないけれど、ノイローゼの自覚はあり、保健室通いをしています。
前の年、太ももにアザができたのを養護の先生がみつけ、学校に児童相談所の人がかけつける事件がありました。
ところが、小春ちゃんは「子どもの家」にうつることをいやがります。
「子どもの家」…ここでは、いろんな事情で家においておけない子どもを引きとって育てる家の意味で書きました。
何を言っても、はんたいの言葉がもどってくるめんどくさい困った女の子でした。
虐待って、どんなこと?
(これは憲法にも違反しています)
・教科書や問題集を破られる。
・わけもなく、腕をつかまれ正座させられる。
(そのはずみで、モモのあたりに青アザができました)
・ものを投げつける。
知っておいてほしい「18歳問題」
18歳からは、児童相談所の管轄ではなくなり、お金のかからない「子どもの家」に入ることができません。
(近くの「子どもの家」の理事長さんは「入れてあげたい」と話していたそうです)
長い1週間の始まり/1日目…流血事件
ある日、小春ちゃんの奨学金の手続きをめぐって、親子げんかになりました。
お父さんが投げた何か「かたいもの」が、お母さんの頭を直撃。
あたりは、血まみれになったそうです。
となりの部屋でようすを見ていた小夏ちゃんが、機転を利かせて警察110に連絡をします。
すぐに警察と、救急車がやってきました。
電話をした小夏ちゃんが付き添いで救急車に乗り込み、お母さんは病院へ。
治るまでに二週間はかかるケガでした。
警察が納得して帰るのを見送りながら、小春ちゃんは、家の外に出ました。
小春ちゃん、1度目の決断
もうすぐ夜の10時でしたが、小春ちゃんは、近所の公園の近くを、うろうろ・・・。
おそい時間なので、泊めてくれる友だちが見つかりません。
ぴのすけの電話番号をみつけ、メッセージを送ってみました。
ぴのすけは、教頭先生といっしょに学校のかぎを開けて、小春ちゃんを、待ちます。
しばらくすると、電話がかかってきました。
電池が切れたようでした。
2日目…DVシェルターという選択
小春ちゃんは学校に来たものの、保健室から出られません。
今日、帰る家がないのだから、しかたがありません。
児童相談所に連絡をしたところ、すぐに警察の生活安全課の人と一緒にやってきました。
DVシェルターをすすめられる
そのため、場所はヒミツになっています。
そのヒミツを守るため、シェルターにはきびしい決まりがあります。
・場所を人に教えてはいけない。
・スマホやタブレットは持ち込めない。
・外出が制限される。
つまり、学校に通えなくなってしまうため、ふつうは未成年者は入れてくれません。
ふつうのビジネスホテルなので、外出の制限はなく、通学も可能です。
ただし、未成年者は保護者と一緒でなければ利用できません。
やはりここにも「18歳問題」があります。
小春ちゃんは、臨時のシェルターに望みをつなぎました。
問題は、お母さんの同意を得て、付き添ってもらわなくてはならないことです。
いざ、シェルターへ
お母さんに連絡をしたところ、あっさりと、OKがでました。
しかも、妹たちを連れて、みんなで家を出るというのです。
たしかに、前の日の事件以来、家の中が冷えびえとしていました。
とりあえずシェルターでしばらく生活する。
お母さんといっしょなら、アパートをさがすのも、楽です。
これですべてうまくいくように、思えました。
まさかの、ふりだしにもどる
ところが、警察に指定されたホテルに行ってみると、
「ご予約をお受けしていないようなのですが・・・。」
そんな、素気ない返事。
同じような名前のホテルがいくつかあるため、違うホテルに来てしまったものと思い、電話をしてもらいましたが、やはり、予約がありません。
それはともかく、警察の予約なしでは、お金がかかってしまいます。
なぜか、「警察に確認をする」という行動には、うつりませんでした。
お母さんは、初めから、連れ戻すつもりだったのかもしれません。
小春ちゃんは、帰りたくない。
3人は、家に帰ってしまいます。
小春ちゃんだけが、街の中に放り出されてしまいました。
友だちの家に頼みたいけれど、もう2日も、着替えていません。
家に帰ったのは、お父さんが酔って眠りにつく、夜の10時をまわったころでした。
それから数日、何もなかったように、いつもの生活が続きました。
6日目…思いがけない「訪問者」
家に突然、児童相談所の職員があらわれます。
小春ちゃんの、生活状況を調べたいというのでした。
お母さんは、相談所の人を、追い払いました。
その話を聞いたお父さんは、小春ちゃんが児童相談所に通報したのだと勘違いをします。
小春ちゃんのいちばん長い1日…2度目の脱出
担任の先生、教頭先生、ぴのすけが学校にあつまり、小春ちゃんを待ち続けます。
警察の生活安全課の人たちも駆けつけて、小春ちゃんの行き先をさがしてくれました。
しかし、18歳の小春ちゃんは、DVシェルターも「子どもの家」も、引きとってはくれません。
結局、担任の先生の家に、泊めてもらうことになりました。
7日目 足かせ
昼過ぎから生徒相談室に、大勢の人たちが集まることになりました。
警察の生活安全課、児童相談所、市のくらし安全課、担任の先生、教頭先生、そして小春ちゃんのお父さん、お母さん。
小春ちゃんを施設に移すか、家庭に引き渡すかどうかの話し合いに入ります。
教頭先生が、事前予想を立てました。
教頭先生の事前予想
親が虐待の事実を認め、警察が仲介に入る
・小春ちゃんが「相談したことを親には秘密にして欲しい」と訴えている。
・親は、虐待と思っていないので、認めない。
下宿の費用を親が出し、別居する。
・親には、別居させる理由がない。お金を出す理由がない。
児童相談所・市の生活安全課を説得して、「子どもの家」への根回しを強めてもらう。
・18歳問題がある。
・小春ちゃん本人が、虐待を秘密にして欲しいと言っている。
・親も虐待を認めない。
ぴのすけは、なんとかその場に潜入できることになりました。
ぴのすけのヒミツ
小春ちゃん、最後の決断
話し合いの前に、保健室にいた小春ちゃんの、気持ちを確認しました。
小春ちゃんはホッとしたように笑顔を見せました。
僕は、小春ちゃんの笑顔から、勇気をもらいました。
ふたたび、ふりだしの予感
警察の生活安全課の人が、事情をまとめていきました。
学校や児童相談所がどこまで知っているのか、どんなことを話したのかを問い詰めたけれど、小春ちゃんが何も話していないというので、つい大声をだした・・・・ということでした。
小春ちゃんを、施設に預けるか、下宿に住まわすかということについては・・・
こう言った話が1時間ほど続いた結果・・・
それしか打つ手がないのです。
児童相談所・市役所のくらし安全課も、新しい提案ができず、警察に同意します。
教頭先生がまとめに入って、引き渡しが決定的になった。
お父さんは約束するけれど、それを破るのは、むずかしくない。
いざとなれば、刑務所に行くのも、嫌がらない人だ。
そこで、ぴのすけは、覚悟を決めました。
ぴのすけ、ウソをつく覚悟を決める。
再び、ぴなちゃんの突っ込み
ぴのすけの想い
本当は、誰も信じていない誓約書。
誰も信じない誓約書を書くことは、とてもみじめなことです。
ぴのすけは、会議の間、ずっとお父さんを見ていました。
言いわけをしないと、まともな人として、見てもらえない。
人をだますウソをつかないと、自分の立場がたもてない。
そんな、誰も信じないお父さんを、小春ちゃんは信じています。
僕は小春ちゃんに、「良いお父さんだね」って、言ってあげたい。
僕は、小春ちゃんを、家から出すと約束しました。
僕は、約束を、守ります。
ぴのすけの、ひっさつ、ちゃぶだいがえし
私は部外者なので、みなさんの同意を得て、発言しました。
何があったのか、分かりませんが、小春ちゃんは、強い子ですね。
あんなに何も話さない子とは、はじめて出会いました。
(本当に、しつこく聞かないと、何も言いださない子でした)
さすが、お父様の娘さんだ。女の子なりに、男気がありますね。
ご自宅では、しかりつけたいこともやるんだと思いますが、学校では、とても良い子です。
勉強でも、特に物理や化学では、いつも学年でトップです。
先生たちはみんな、本人の望みどおり、大学に行かせてあげたいと思っています。
小春ちゃんは、お金のかからない国公立大学を希望していて、その実力もあります。
ところで、お父様の一番の望みは、娘さんとの仲を、戻したいということですよね。
私の想像ですが、娘さんが今日、自宅に帰られた場合、仲が戻るとは思えません。
ひと月かふた月ほど、シェルターに預けてみてはどうですか?
そして、ひと月かふた月、離れて暮らせば、気持ちもおさまると思います。
私は、小春ちゃんに、良いご両親だねって、伝えつづけます。
小春ちゃんはいま、心配で心配で、保健室がよいをしています。
そんな小春ちゃんに、自信をもって、もらいたいです。
3分ほどして、父親の目が涙でうるむのが見え、両親とも、娘がシェルターに入るのに同意しました。
「子どもの家」と「シェルター」の2つの道を探っていましたが、「子どもの家」は、結論がつかず、依頼を継続。
子どもの中に、素性の分からない18歳がやってくるのですから、無理もありません。
しばらくの間「シェルター」に入り、その間に「子どもの家」の結論を待つことになりました。
そのシェルターでは、管理人さんが小春ちゃんの人柄を認めて、学校に通っていいことにしてくれました。
同時に、市の福祉課に相談していた生活保護が受けられることになり、「子どもの家」よりずっと近くの下宿に入ることができました。
生活も安定して、保健室通いも、なくなり・・・・もともと賢い子だったので、推薦で国立大学に合格。
いまは、遠くの街で、自分の好きな道を、歩きだそうとしています。